STORY / ID 4918
ヒストリー
DJケイ・クール・ハークと1973年の新学期パーティー ― ヒップホップ誕生の夜
DJ Kool Hercこと本名クライヴ・キャンベルは1955年4月16日ジャマイカ・キングストン生まれで、1967年に13歳で家族とニューヨーク・ブロンクスの1520セジウィック・アベニューに移り住んだ。1973年頃にブレイクビートの手法を生み出したとされ、同年8月11日には妹シンディ主催のパーティーでDJを務めたと記されている。
DJ Kool Hercの本名はクライヴ・キャンベル。1955年4月16日、ジャマイカのキングストンに生まれた。1967年、13歳のとき家族とともにニューヨークのブロンクスへ移住し、1520セジウィック・アベニューに居住した。バスケットボールで鍛えた体格から「ハーキュリーズ」と呼ばれていたという。
DJ Kool Hercとして知られる彼は、1973年頃からファンクレコードのドラムブレイク部分を2台のターンテーブルで繰り返す手法、いわゆるブレイクビートを開発したとされる。1973年8月11日には、妹シンディ主催のパーティーでDJを務めたと記されている。「b-boy」「b-girl」という語を作ったともされる。
アフリカ・バンバータやグランドマスター・フラッシュに影響を与えたとされる一方で、本人は商業的なヒップホップ録音には関わらなかった。
2023年11月3日、ロックの殿堂にミュージカル・インフルエンス・アワード部門で殿堂入りを果たした。